本研究は、18世紀後半に共存していた3種鍵盤楽器、すなわちフォルテピアノ、チェンバロ、クラヴィコードによって、ハイドンの全クラヴィーア独奏作品の演奏研究を行うものである。本年度はクラヴィコードを主要な研究楽器とし、計6回演奏による研究発表を行った。その内容は、Vol.1フォルテピアノへの転換期から18世紀器楽曲の終焉へ、Vol.2クラヴィコードとハイドン、Vol.3チェンバロによる響きの再考、Vol.4ハイドンの疾風怒濤、VoL.5偽作真作、Vol.6円熟への道のり、である。この6回の研究発表により全クラヴィーア独奏作品の7割程度となる計53曲を演奏した。各発表までの演奏研究においては、3種楽器による強弱法、アクセント奏法、スタッカート奏法、ポルタート奏法、レガート奏法の演奏効果の検証を行った。その結果、1. 晩年の作品までクラヴィコードによる演奏表現が有効である、2. クラヴィコードによる演奏においては、チェンバロやフォルテピアノで演奏する場合よりもテンポの設定を遅めにすることが相応しい、の2つの表現上の新たな可能性を見出すことができた。テンポの選択に関しては、音を出している間中弦の振動を指先に感じることができるというクラヴィコードの発音機構が密接な関係にあると考えられる。音の振動を指先に感じることができると次の音への移行に独特の間合いが生じるのだ。これに対しチェンバロは発音の直後、フォルテピアノに至っては発音の直前に振動する弦から指先の触感は切り離されてしまう。次年度はこの断絶感がハイドンのクラヴィーア作品の演奏解釈に与える影響を明らかにするとともに、チェンバロやフォルテピアノによって演奏する際、クラヴィコードによる演奏解釈を基本とする場合としない場合を比較し、テンポのみならずその音楽的特徴の相違を明らかにする考えである。
|