本研究は、18世紀後半に共存していた3種鍵盤楽器、すなわちフォルテピアノ、チェンバロ、クラヴィコードによって、ハイドンの全クラヴィーア作品の演奏研究を行うものである。本年度は計2回の演奏会を行い、ハイドンの全クラヴィーア作品の演奏研究を完結させた。その内容は、ハイドンクラヴィーア作品大全「Vol.10ハイドンのレトリック」および「Vol.11 3種類の楽器による聴き比べ」である。研究当初はハイドンの1790年代のイギリスソナタがフォルテピアノを想定して作曲されていることから、この少し前にクラヴィコードからフォルテピアノへの演奏テクニックの変換が起きたと予想し、この変換がハイドンに与えた影響を探る予定であった。しかしハイドンのクラヴィーア独奏曲の全作品を公開演奏し終えた現在、クラヴィコードの演奏テクニックあるいはクラヴィコード的な着想は、予想に反しハイドンの全クラヴィーア作品に敷術されるべきであるという結論に達した。その大きな要因は「Vol.11 3種類の楽器による聴き比べ」においてクラヴィコードによって演奏されたソナタ第62番:E sに収斂されよう。このソナタはハイドンのクラヴィーア作品の中でも、最も現代のピアノで演奏するに相応しい作品としてピアニストたちに受け入れられている。しかし今回クラヴィコードによって演奏されたことにより、むしろこの作品の本質である弦楽オーケストラ的側面が顕在化したのである。これはハイドンがイギリス式のフォルテピアノで演奏される事を意図して作曲していたのにもかかわらず、彼自身がクラヴィコードで培った演奏テクニック、および鍵盤音楽における作曲法から終生脱却する事がなかったことを意味している。
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