研究概要 |
第一次世界大戦を文化史的な文脈で捉えるという試み、すなわちこの戦争が人々の集合的な心性にどのような影響を及ぼし、結果として当時の文化がどのように変化したのかを探ろうとする研究は、2008年が第一次大戦終結から90周年を迎えたこともあって、改めて関心を集めた分野である。しかしそれを演劇との関連において論じた研究はまだ少ない。それでもイギリスについては、Heinz Kosok, The Theatre of War : The First World War in British and Irish Drama (Palgrave Macmillan, 2007)のような著作が現れているが、フランスについてはほぼ皆無である。 今回の助成により、研究代表者は二度にわたってフランス国立図書館(Bibliotheque Nationale de France)で資料調査を行い、現在ではほぼ完全に忘れられている第一次大戦中に発表および(または)上演された、同大戦を主題とした戯曲を多数閲覧することができた。その結果、対独戦に従事した英仏両国の間でも、それを演劇として表象する方法にはかなりの相違があることがわかった。 より具体的には、イギリスと比べてフランスでは、日本で「母物」と言われるような、母と子の情愛を戦争と結びつけた戯曲が多く見られる(ただしこの中にはフランス語でmarraineと呼ばれる、前線の兵士と文通する「代母」が含まれる)。これをどのように解釈すべきであろうか。恐らくそこにはカトリック信仰に基づいた当時のフランス社会のあり方が、演劇に反映されていると考えられる。 同様に、コルネイユ、ラシーヌ以来の「言葉の演劇」(台詞回しの美しさを追求した演劇)を重んじた国として、あたかも言霊の力によって敵を調伏することを意図したかのような芝居も多々見られた。 今年度以降は、こうした調査結果に基づいて、第一次世界大戦がフランス演劇においてどのように表象され、それが当時の人々のどのような心性を反映しているかについて、学会発表および論文執筆を通じて研究成果を公開していく予定である。
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