本年度は、ドイツの女性美術家レベッカ・ホルンの作品研究と、歴史ミュージアムにおける展示研究の2点が研究の中心であった。ホルンがドイツ・ミュンスター市の歴史建造物内に制作したアート作品をもとに、歴史的な出来事の現場におけるアート作品が、どのような想起を可能にするかを、とくに客体(他者)の認識という点で身体感覚との関連性に注目しつつ考察した。その結果、歴史をあらかじめ文化的記憶として書かれた集合的記憶の物語として捉えるのではなく、身体感覚による「脱主体化」された心理的レベルにおいて認識する構造が明らかになった。そこにはまた、歴史のなかで他者化されてきた女性の表現というジェンダーの視座とも符合する点があった。この成果は、ドイツ学会フォーラムや東京都現代美術館でのレベッカ・ホルン展関連講演で発表したほか、ドイツ学会の学会誌ならびに所属研究機関である武蔵大学の紀要『人文学会雑誌』に論文として発表した。 もう一つの研究テーマである歴史ミュージアム展示については、フランクフルト歴史博物館の協力を得て、同館が1980年に実施した「女性の日常と女性運動1890-1980」展カタログや資料を調査し、日本の歴史展示の現状を踏まえつつ、女性の日常経験を歴史展示に反映する工夫を具体的にまとめた。また、同館に付設された女性美術家ジークリット・ジグルドソンの歴史アーカイヴ作品に注目し、歴史展示と現代アートとの協働についても考察した。この研究成果は、日本学術会議の史学委員会が開催したシンポジウム「歴史教育とジェンダー」で発表し、同団体が編纂する『学術の動向』5月号に執筆したほか、2010年度内に同シンポジウムを書籍化した単行本にも分担執筆する予定である。 昨年夏に行なったドイツでの調査で、上述のジグルドソンの作品実見と作家インタヴューを行なうことができ、非常に大きな成果を得た。平成22年度はこの作家・作品研究をメーンに、アーカイヴ的な現代美術の記憶表象について考察を深めていきたい。
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