本研究の課題は、19世紀イギリスにおいて同時代的に展開したゴシック・リヴァイヴァルのデザイン運動とラファエル前派の絵画運動の精神的類似性に注目することによって、建築、絵画、デザインといった分野上の枠組みを超えた総合芸術運動として展開した「ヴィクトリア朝ゴシック」の全容を明らかにすることである。そのためにこの芸術運動の原動力となった19世紀イギリスの中世趣味や中世回帰的傾向との関わりを考察することが重要であった。本年度は、具体的にラファエル前派の社会観察的作品とゴシック・リヴァイヴァルのデザインおよび建築理論の中に、中世社会を理想視したヴィクトリ朝期イギリスのキリスト教的価値観の影響が見られることを指摘することで、建築、絵画、デザインの芸術諸分野を総合したキリスト教芸術文化が形成されたことを確認した。また、中世の教会、社会、芸術のあり様を理想視した芸術家たちの中世趣味や中世回帰的傾向が、19世紀イギリス社会の諸事情に対する批判的関心をしばしば重要な原動力としていたこと、そして絵画や建築といった芸術表現方法上の差異を越えて同時代の社会を改良しようとする意志を含意していたことを論じた。さらに昨年度に引き続き、信仰表明の手段として芸術創造行為を捉えていた芸術家たち(絵画の分野からはW・ダイスやナザレ派の画家たち、建築の分野からはA・W・N・ピュージンやG・E・ストリート等)が、世俗的な名声を確立しようとする自己の欲求を断ち切ることのできる創作環境の必要性を自覚し、宗教的共同体での芸術創作を志向した事実についても考察した。 研究成果については、主として向井秀忠・近藤存志編『ヴィクトリア朝の文芸と社会改良』(音羽書房鶴見書店、平成23年10月刊行)の6章および8章にまとめた。その他、平成23年H月、米国ヴァンダービルト大学で開催された北米ヴィクトリア朝研究学会の年次大会において研究発表を行った。
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