今年度の研究成果の中心は、『和歌とは何か』(岩波書店、2009)の単著の書き下しである。新書という一般向けの体裁を取るが、内容は、和歌を演技という観点から見て、和歌的修辞や和歌的行為の儀礼性を明らかにしている。これによって、従来は、詩的達成度が低いとして評価されなかった多くの和歌を、社会的行為として意義づけるという、和歌研究の方法の根底から変革する創見を示した。本研究との関れりでいえば、(1)新古今集時代の本歌取りの方法を明確に定義づけ、意義づけたこと、(2)源実朝の和歌が通説とは異なり儀礼的なものであり、それによって、将軍としての自らを位置づけるものであることを指摘したことなどが挙げられる。和歌が東国政権を基礎づける物の一つであったことを、文学の側から論じたのである。 また説話文学会において2009年4月に行った学会発表「記憶としての鳥羽殿」では、『西行物語』における鳥羽離宮のイメージが、皇族の死の記憶と結びついたもので、それが『西行物語』の枠組みを形成していることを指摘した。西行は東西交流のかなめにいる歌人であり、その伝承的イメージの基盤を論じたものである。なおこの発表は、2010年7月刊行予定の『説話文学研究』に掲載予定である。 「和歌・誹諧(古典)の題詠」は、題詠の歴史を論じたもので、これ社会的な機能の観点から分析している。貴族の文芸である和歌が、後世他の階級まで拡散して行った理由の一端を解明したもので、和歌東西交流史の一面を解析している。
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