平成24年度は、海外での調査に重点を置き、フランスの国立図書館、及び、パリ工芸博物館附属図書館の所蔵する中世小説の伝本の調査・資料収集・許可されたものについての撮影等を行った。特に、『七夕』の伝本について、実際の物を閲覧出来た点は収穫であった。また、フランス国立図書館が題名不明としていた絵のみの伝本についても、おおよその内容の見当を付けることが出来た。さらに、前年度、オランダのライデン国立民族学博物館を調査した際、伝本として価値が高いと判断した『きぶね(貴船)の本地』について、許可を得て、翻刻し、解題を付けて紀要に掲載できたことも成果であった。一方、共同作業であるが、国文学研究資料館編『古典籍研究ガイダンス 王朝文学をよむために』(笠間書院)の中で、「作り物語から御伽草子へ―『狭衣物語』と「狭衣の草子」並びに天稚御子」という題目で、研究成果の一端を発表できた。これは、中世小説研究においては、挿絵は勿論のこと、本文の研究がいかに重要かということを、示したものである。具体的には、次の通りである。音楽神天稚御子という存在が平安時代以降、文学作品に現れ、既に先行論によって、妙音に天下る天の神として理解されてきた。この神は、狭衣物語などの平安時代の文学では、音楽神の性格が濃厚に伺われる。ところが、中世小説の「天稚御子」の多くの伝本では、天稚御子は、姫君の美しさに天下るように描かれ、音楽神の要素が失われてしまっているとみなされてきた。ところが、筆者が伝本を調査した結果、天稚御子が、姫君の容貌ではなくて、姫君の演奏の見事さに天下るという音楽神の要素を明確に持つ伝本が複数見出され、それが、伝本の優劣の判定にも使えることが判明したのである。今年度は、そうした研究成果の公表という点でも成果があったと言えよう。
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