2010年1月に、研究代表者であった美濃部が死去したことは本研究にとって大きな痛手であったが、分担者であった長谷川が代わって代表者となり、研究を遂行した。 今年度は、昨年度より引き続いての基礎的な調査を続行するとともに、「虫」が心身の異常を引き起こすというような中世以来の病症観が、近代西洋医学の導入によって、どのように消え、あるいは残ったのかについて検討し、共同で論文を執筆した。医事的な知識が、東洋的なものから西洋的なものに取って代わられていく時代の様態を明らかにすることが出来た。 また、『医家千字文註』、『医談抄』については、注釈的研究を続け、『医家千字文註』については、ほぼ訓を確定する作業を終えた。『医談抄』についても出典の捜索などは大体終えており、2010年度中に注釈作業を完成できるよう、準備を整えることができた。この二書の注釈的研究についてはいずれ一書として世に問う予定であるが、出版されれば医事説話研究の萌芽的なものとなり、今後の研究の進展に向けての有意義な叩き台となるであろう。特に『医家千字文註』については、従来、活字本としては若干の誤りを含む『続群書類従』白文があるだけであるので、学界に大きな貢献が出来ると考えている。 さらに、鎌倉時代の漢文日記から医事に関わる記事を抽出し、『医談抄』の背景となる宮廷医たちの実態について、作品と関わらせながら考察した。特に、宮廷医たちと、その患者であった貴族たちの関係を見ることができたことは今後の研究に向けての一つの指針を得た。
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