構想ノート・草稿類を含む自筆原稿までを視野に入れた大岡昇平文学の研究は、ほぼ皆無であった。本研究はこの現状に鑑み、原稿段階からの大岡文学の基礎的総合的研究を企図したものである。平成21年度からの4年間の計画ではとりわけ大岡昇平文学の作家的出発期であることの重要性と、かつ日本における紙媒体の質の問題から、その劣化による判読不能が目前に迫っていると言って過言ではないという喫緊の課題であるという緊要性を有する昭和20年代の『俘虜記』『武蔵野夫人』『野火』を中心とした原稿類を調査研究している。 平成22年度は、主に神奈川近代文学館(神奈川県)が所蔵する大岡昇平『武蔵野夫人』および執筆の時期が重複する『野火』とその周辺の原稿類を調査した。そのなかで特に重要と思われる、大岡初のベストセラー『武蔵野夫人』の、原稿および草稿(各1枚)、創作ノート『武蔵野夫人』1冊(一部欠)、草稿『野火』部分、『野火』創作メモ、原稿『野火』(部分)等の原稿のデジタル一眼レフカメラによる撮影を行った。大岡著作権継承者は現在原稿類の公刊は認めていないが、撮影の許可はおりているため、可能となったものである。大岡文学のみならず、日本文学の貴重な資料を後世にいかに伝えるかということにおいて上述の理由からきわめて喫緊かつ重要な仕事を行ったと言える。前年度の『俘虜記』調査に加え、平成22年度および平成23年度以降の『武蔵野夫人』『野火』を中心とした資料検討とあわせ、大岡の活字資料とともに現在検討考察中である。なお、時期的には昭和30年代前半と、後年のものにはなるが、当該戦後出発期にすでに鉢の木会員として交友関係にあった大岡や三島由紀夫などの文学者の同人誌『聲』の自筆原稿が日本近代文学館(東京都)に寄託されたため、当該時期に関わる大岡自筆原稿という観点から、これの調査も開始した。
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