大岡昇平文学の研究史上、構想ノート・草稿類を含む自筆資料までを視野に入れたものは、ほぼ皆無であった。本研究はこの現状に鑑み、草稿・原稿段階からの大岡文学の基礎的総合的研究を企図したものである。平成21年度からの4年間の本研究の計画では、とりわけ大岡昇平の作家的出発期であることの重要性と、かつ日本における紙媒体の質の問題から、その変性劣化による判読不能が危惧される喫緊の課題という緊要性を有する昭和20年代の『俘虜記』『武蔵野夫人』『野火』を中心とした原稿類を調査してきた。 最終年度である平成24年度は、まず、本研究開始から三年間行ってきた、神奈川近代文学館(神奈川県)が所蔵する大岡昇平自筆資料のうち上記三作品およびこれに関連する作品について、デジタル一眼レフカメラにより撮影した草稿類の総合的精査を行った。遺漏がある場合には再調査や追加的撮影が必要であると予想されていたが、過去三年間の研究対象に関しては、追加的撮影等は不要であった。そのため、最終年度として、時間的に考察に集中することが可能となったのみならず、資金的にも関連書籍購入を十全に行うことが可能となった。 研究成果物としては、過去三年間の調査及び考究を論考としてまとめ、公刊した。他に、本研究が対象とした時期における大岡の外国文学の摂取や同時代文学者との作品上のかかわりなどについて、学術誌『三島由紀夫研究』『昭和文学研究』で論考を発表した。また『武蔵野夫人』生成過程を中心とした国際高等研究所での口頭発表を平成25年3月に『受容と創造性』の一章「恋愛と結婚と」として公刊(フランス語訳は平成23年既刊)した。 なお、平成25年5月には、日本近代文学館(東京都)の図書資料委員会(委員長 中島国彦氏)において、これまでの成果を含めた大岡昇平自筆資料の調査研究と今後の展望について口頭発表が予定されている。
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