本研究は上代文献に記載されている歌・説話について、奄美・沖縄地方の生きた声の歌・説話やアジアの声の文芸と比較研究することによって、それらの文字表現における声と文字との関わりの諸相、さらに上代文献における歌と説話との関わりの諸相を考究し、上代文学における声と文字の表現についての研究を体系化しようとするものであり、 1.上代歌謡・万葉歌と声の歌との比較 2.上代説話と声の説話との比較 3.上代における歌・説話の関わりの様相と声の歌・説話の関わりの様相との比較の3項目を軸として進めるものである。 本年度は、このうちの主として1.の項目について研究を進めた。奄美徳之島の島歌、沖縄八重山のトゥバラーマ、中国湖南省ミャオ族の対歌についてのフィールドワークを踏まえながら日本古代の歌謡や万葉歌について論文・研究発表を行い、日本古代の歌垣の世界と宴の歌の世界との違い、万葉宴席歌の主客贈答歌の対応関係などを明らかにすることができた。 歌垣、宴において歌を歌い合うことはその場の人々の親和的関係を前提とする点で共通するが、たまたま出逢う相手と歌を掛け合う歌垣では人々が共有する知識は少ないため歌を展開させる力をほとんどもたないのに対し、日常的に交流する人々によって歌が歌われる宴では知識が多く共有され、その知識に関する批評・感動が歌われ、知識の優劣が競われることとなる。知識が歌を展開させるのである。万葉歌はこうした宴の世界とつながると考えられる。また、万葉の宴において主客が交わし合う挨拶歌は返歌の上句において贈歌の表現に対応する表現をもつが、これは掛け合う声の歌の対応関係と共通する。これはその場で聴いた贈歌にただちに応えたからと考えられる。また、対応しない返歌は予作歌ではないかと推定される。これらはいずれも日本古代の限られた資料からだけでは明らかにしがたいことである。
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