鎌倉時代から室町時代にかけて成立したと見られる往来物を対象にして、時代が要求した教養の内容を明らかにすること、また、往来物が果たした役割を明確にすることを目的として研究を進め、本年度は次のような成果を得た。 1)『雑筆往来』『新札往来』『尺素往来』を中心に伝本調査を行い、東京大学国語学研究室蔵『雑筆往来』の翻刻と異本校合を進めた。 2)『新撰遊覚往来』の伝本として、新たに高野山大学附属図書館現蔵金剛三昧院本・東北大学附属図書館蔵本の調査を行い、この2本を校合本文に加えた。 3)『新札往来』と『尺素往来』との本文比較を行い、両者の収載内容の違いから筆者の執筆意図や所属階層の違いについて考察した。その結果、前者は、時宗の僧であり書や連歌をよくした素眼が武家の子弟のために編述したとの仮説に沿う内容を持っていること、対して後者は前者に大幅な増補を行ったものであり、その増補は所蔵していた(或いは借用した)家々の伝書の類から関連記事を抜粋しつつ成されたものであることが見えてきた。『尺素往来』の内容が兼良の仕事として相応しいかについては、執筆意図を探る中で検証して行く予定である。 4)『新撰遊覚往来』『異制庭訓往来』『新札往来』『尺素往来』等の内容が、古今伝授として伝えられた家々の秘事と密接な関係があるらしいことが判明した。『尺素往来』の本文の不自然さは、この、「他書からの抜枠」の結果生じたものであると考えているが、この仮説を証明するために必要な様々な分野の秘伝書を探し出す困難に直面している。書(入木道)について、持明院家の秘伝書との関連調査を開始したばかりである。 これらの往来物に盛り込まれた中世の教養は、一方では新時代を担う武家らしい知識を盛り込みつつ、他方では、貴族社会に秘事として相伝されていた諸々の知識を積極的に取り込むことで成り立っていると考えるに至った。
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