鎌倉時代末(南北朝)から室町時代にかけて成立したと見られる往来物を対象にして、時代が要求した教養の内容を明らかにすること、また、往来物が果たした役割を明確にする事を目的として研究を進め、本年度は次のような成果を得た。 1)『尺素往来』『新札往来』『新撰遊覚往来』『異制庭訓往来』の4作品を中心に、伝本の補充に努めた。現時点で存在を知り得た伝本について、凡その調査を終えた。 2)上記往来物に盛り込まれた各種教養を分類し、項目別に作品相互の関係を整理・検討した。その結果、「書道」について、複数往来物の源泉となった共通資料の存在を発見した。 3)上記往来物の制作方法として、各種の教養を家職とする公家が継承してきた秘伝書類を取込むことがあり、これを探索するなかで古往来作品の成立文化圏の具体化を進めることができた。 4)書道の他、鷹道・蹴鞠・名香(香道前)・茶道等の多様な分野に於いて様式化が進められ、「道」意識の発生、「家職」成立の過程が、往来物に反映していることを確認できた。 5)上記往来物の内容は、望ましい武家のあるべき教養そのものであることを確認した。それは、伝統文化の継承者であった公家の教養と限りなく近接していて、時代と共に様式化を進めるが、しかし、新たな時代に相応しい新しい文化をも形成していることが分かった。 6)往来物に取込まれている教養は、現代の目から見ても極めて多岐にわたっているが、それこそがこの時代(公家と武家とが手を携えて世を支える)の武家の子弟に要求された教育内容であり、実用性の高いテキストであることが確認できた。
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