本年度の研究の成果は、大きく以下の三点に集約される。 (1)有島武郎研究会において、「『文化生活』と吉野作造-「民本主義」をめぐる応答-」と題して発表した。発表では先行研究を参照して、吉野作造の「民本主義」及び朝鮮論の問題を整理し、吉野の「民本主義」は天皇制と不可分であり、朝鮮論は朝鮮解放ではなく新たな植民統治への道を切り開くものであるとした。その上で『文化生活』に掲載された吉野の朝鮮関係の評論について、吉野の「民本主義」及び朝鮮論を反映させたものであることを明らかにした。 (2)日本社会文学会東海ブロック・文化史研究会合同例会において、「抵抗する朝鮮語雑誌-『民本主義』の諸相-」と題して発表した。発表では、吉野の天皇観が脱政治的であり、天皇を<文化>の中心に据え、「国民」の心的領域をも包摂しようとしていることを指摘した。それと同時に、吉野の「民本主義」は「デモクラシー」の翻訳語であるが、<翻訳>の過程で、「皇室」と「人民」の一体化が自明視されていることを指摘した。それに対して、朝鮮語雑誌『現代』に掲載された「民本主義」に関連する記事に明らかなことは、朝鮮語の「民本主義」が、天皇を中心化しようとする<文化>に抵抗していることを述べた。 (3)『金沢大学国語国文』35号に「研究ノート 卞煕鎔について」を発表した。本研究ノートでは、主として朝鮮語雑誌『現代』3号(大正9年3月)に掲載された卞煕鎔の「新人〓声」(「新人の声」)を抄訳した。卞煕鎔は、『現代』5号(大正9年5月)に「民本主義〓精神的意義」(「民本主義の精神的意義」)を執筆しているが、吉野作造と何等かの関わりがあった知識人であると推測される。卞煕鎔は「新人〓声」において、朝鮮語で新聞・雑誌を発行することの意義を説き、さらにはクロポトキンに言及している。これらの点から、この評論を抄訳することの意義はあると考える。
|