植民地朝鮮の新聞メディアにおけるデモクラシー関連記事について、調査を行った。『京城日報』では、「俗論を排す(二)」(1919年1月10日)、「俗論を排す(八)」(同年1月17日)において「民本主義」が批判的に取り上げられている。他方、『朝鮮日報』の「日本人は民本主義の瞽盲」(原文ハングル)(1920年7月27日)では、「民本主義」は民主主義とほぼ同義で使われていると推測される。また、「民本主義」に対して批判的なニュアンスはない。 雑誌メディアでは、『開闢』創刊号(1920年6月)掲載の記事「デモクラシーの略儀」(原文ハングル)が注目される。『開闢』は京城で発刊された月刊誌である。このことから、京城の知識人が「デモクラシー」に注目していたことが分かる。 延世大学図書館において、『基督青年』に関する調査を行った。小野容照「福音印刷合資会社と在日朝鮮人留学生の出版史(1914~1922)」(『在日朝鮮人史研究』第39号、2009年10月)によってすでに報告されていることではあるが、第7号(1918年5月)には、「聖書と基督教」(内村鑑三述/田榮澤筆記)(原文ハングル)、「人生の意義」(新渡戸稲造)(原文ハングル)のあることが確認できた。『基督青年』は、東京在住の朝鮮人留学生によって作られたものである。したがって、朝鮮人留学生と内村鑑三、新渡戸稲造の間には何らかの関わりがあったものと推測される。 文化史研究会2012年度例会において、「柳宗悦の受容をめぐって-朝鮮語雑誌『現代』の柳宗悦-」と題して発表した。発表では、『現代』第9号(1921年2月)に掲載されている、「朝鮮民族美術館の設立と柳氏」(原文ハングル)について考察を加えた。
|