当該年度は、『〓嚢鈔』のデータベース化作業、中国の類書との比較、引用故事の抽出作業、関係する学会・研究会への参加を中心に行う予定であったが、計画通りに進んだとはいいがたい。だが、全体的には実りある1年だったといえる。まず、対象作品の一つである『後素集』と中国の類書『事文類聚』との比較を行っている過程で、それらに共通する漢故事のいくつかが、『事文類聚』を抜き書きして翻訳した本邦撰述の漢故事説話集『語園』(伝一条兼良撰)をもとにしたものである可能性が高いことを発見した。本研究の成果の一部は、22年9月に学習院女子大学で開催された伝承文学研究会大会にて報告した。また、同じく対象作品の一つである『月庵酔醒記』について、それが引用する『金句集』がいかなる系統のテキストであったのかという調査や、同じく『月庵酔醒記』が引用する『後鳥羽院番鍛冶次第』が『銘尽』のような刀剣伝書の類の中でどのような系統のものに近いのかということを調査し、考察した。この調査の過程で『文明本節用集』などの室町後期の節用集が、金句集や刀剣伝書を取り込んでいくという点で、『月庵酔醒記』に近い特徴を持っていることを確認した。今後はこういった、当時は秘伝とされてきたような資料や情報が、中世後期の百科全書的テキストの内部に取り込まれていく背景や、それらを取り込んだ百科全書的テキストそのものの成立事情などを明らかにできればと考えているが、本科研の期間中に答えを出すことは難しいかもしれない。引き続き調査を継続したい。なお、この成果の一部については、23年2月に南山大学で行われた月庵酔醒記研究会にて報告した。その他、本研究課題の中心となるテキスト、『〓嚢鈔』の編者に関わる研究として、行誉書写本『八幡愚童訓』の翻刻作業とその考察を行った。その中で、甲類系『八幡愚童訓』の諸本の構成比較をし、行誉書写本の特徴を明らかにした。この研究成果の一部については、23年3月に大谷大学で行われた唱導研究会にて報告した。
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