本研究では、室町時代後期から安土桃山時代にかけての、いわゆる乱世における政治や文化を支えた知の問題を、その時代に制作された百科全書的テキスト群の生成と享受という視点から解明するべく、いくつかの作品を取り上げて、基礎的調査を行った。具体的な成果としては、以下の4点が挙げられる。 (1)江戸初期成立の、狩野一渓編の画学全書『後素集』が、中国の百科全書『事文類聚』を和訳した、伝一条兼良編の漢故事説話集『語園』を利用している可能性が高いことを明らかにした。 (2)戦国期成立の百科全書的編纂物『月庵酔醒記』が、政道に必要な教訓や知識と諸芸に関する雑学的な知識とを同一の地平線上にあるものと捉え、戦国武将に必要な知識の集積として編まれた可能性が高いことを明らかにした。 (3)『〓嚢鈔』の編者行誉の著述活動(自伝・『八幡愚童訓』の書写)に注目し、中世を代表する百科事典が生まれた背景を明らかにすべく調査を進めた。 (4)同時代に成立したと思われる、百科全書的特徴を持つ『源平盛衰記』が、いかなる論理のもとに、既成の平家物語を再編していったのかという問題を、いくつかの場面を分析しながら明らかにしてきた。
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