『乞食オペラ』はロンドンの暗黒世界を舞台にスリ、追い剥ぎ、殺人、裏切り、縛り首などのシーンをふんだんに盛り込んでいるものの、犯罪のリアリズムを追求した作品ではない。むしろ18世紀全体を通して人気のあった犯罪文学のパロディと考える方が自然であり、内容と形式の不一致が生み出すユーモアがこの作品の最大の特徴と言えるだろう。本研究では、このユーモア感覚を現実批判の有効な手段ととらえ、フィクショナルな世界の構築がいかに重要であったかを考察するものである。そこで、小説と国民国家の誕生を結びつける議論を組み立てるために、今年度は特に『乞食オペラ』を次の2点から精査し、コーヒーハウス公共圏でのエロティカについて研究を行った。(1)コットンの『賭博大全』や『乞食オペラ』をモチーフとした18世紀の各種カード遊びを取り上げ、「国民病」としての賭博についての理論的考察と歴史資料の収集する。(2)表現の自由と礼節推進運動に関する長い18世紀の枠組みで捉えなおし、『乞食オペラ』にみられるエロスの表象を通時的に検証する。(1)については9月にスタンフォード大学においてJohn Bender教授と研究会を行い、同時に同大学Green Libraryにて主にECCOを用いて資料の収集を行った。また(2)については日本英文学会シンポジウム「初期近代イギリス文学とエロス」を企画し、その司会を務めつつ、多方面からこれまでの研究を再検討した。さらに、前年度に開催したアメリカ18世紀学会のパネルThe Representations of East Asia in the Long Eighteenth Centuryのについてその成果を整理し、次年度計画の土台を固めた。
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