Thomas MoleyからThomas Maceにいたる英国近世初期室内楽・歌曲の演奏形態についての文献調査の成果をてがかりに、リュートやヴィオール属の楽器による編成の、いわゆるブロークン・コンソートが、屋内の静寂な空間での演奏を前提とすることを確認し、シェイクスピアの『お気に召すまま』が、少なくともFirst Folioのまま挿入歌をすべて演奏する形態でグローブ座のような青空天井の大衆劇場で上演されることは、きわめて困難であったはずとの知見を得た。これは、この喜劇が大衆劇場に詰めかけた下層階級や相続・贈与を受けられない社会の「負け組」たちを鼓舞する転覆的イデオロギー装置であったと論じる、L.Montroseによる新歴史主義の代表的な論文への反論となり得る重要な視点である。『お気に召すまま』はoccasional playとして構想されたのかもしれない。 さらに、最近新たにシェイクスピア作と認定されつつあるH.StanfordのCommonplace book所収の「エピローグ」がこの戯曲の、エリザベス女王御前上演のためのものである可能性を、近年の書誌学・文体解析研究の成果を受けて確認した。牧歌様式の寓意化による諷刺は、エセックスの不遇と劇中の追放された公爵の表象の近似に呼応する可能性が高い。さらには上演形態の変容における道化の役割の変化との関係において、主として「聴くもの」から「観るもの」への演劇の変容を鍵として、挿入歌の果たしえた機能について研究した。成果は学術論文として発表した。
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