研究概要 |
前年度の『お気に召すまま』における挿入歌の研究に引き続き、本年度は『十二夜』の挿入歌についての音楽史的研究と、初演当初の条件を想定した場合のそれら挿入歌の劇的機能について考察を進めた。'Omistress mine'(ActII,scene3)についてはThomas Morley(1599)とWilliam Byrd(c.1619)による同名の器楽曲の存在が、狭い空間での室内楽での演奏伝統とともに、劇の文化史的考察の手がかりとなることを確認した。また、'Farewell,dear heart'(同場面)についてはRobert Jones,First Book of Songs and Airs(1600)からの替え歌であることを確認し、これも歌曲が演劇世界の外側からコンテクストを提供する実例として考察の対象となった。シェイクスピアの劇団に新たに加わった喜劇役者Robert Arminの歌唱力による貢献は多大で、じつに7曲もの挿入歌を含む『十二夜』は、シェイクスピア劇の中でもユニークなものといえるだろう。さらにこの作品においては、台詞の細部にも音楽的な用語が頻出する。まるで劇全体がひとつの音楽的な比喩構造を抱え込んでいるかのように。したがって、本研究当初に想定されていた、劇中音楽の機能の分析もさることながら、音楽用語そのものがもつコノテーションを、その古典的伝統に遡りつつ検証することで、戯曲の底流にあらたなコンテクストが発見できるかもしれないという感触を持つに至った。独立した芸術の体系としての音楽(学)と演劇の修辞構造になんらかのパラレルを見出すことができるかもしれないという着想は、今後の研究において発展させていきたい大きな問題である。『十二夜』の音楽性の問題についての研究成果は、現在論文のかたちにまとめつつある。
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