研究課題の広いテーマの中で、本年度は、インディアンを描いた大衆詩が美術に与えた影響に焦点を合わせた。とくに、ヘンリー・ワズワース・ロングフェローのインディアン叙事詩『ハイアワサの歌』(1855)が画家トーマス・モーランに与えた影響について探った。というのは、モーランは、何度か同詩を素材にした油絵を描いていたからである。モーランは、イエローストーンなど、西部の地質的景観を題材にしたことで知られる、19世紀後半のアメリカを代表する風景画家である。そのモーランが、何度も『ハイアワサの歌』を描いたのである。しかも1875年から1878年にかけては、同詩にもとづく、少なくとも17枚のwash drawingsを残していた。これらは、エッチングの下絵を意図した作品だったため、これまで論じられることがほとんどなかった作品である。 そこで本年度は、アメリカへ調査旅行に出かけ、モーランのそれらの貴重なwash drawingsを確認した。そして、それらの作品が原詩のどの部分を描いたものであるかを確定し、その他のモーラン作品と照らし合わせながら、それぞれの特徴をひとつひとつ明らかにした。 その結果、モーランが描きたかったのは、原詩に歌われた活劇ではなかったことが分かった。インディアンの文化でもなかった。そうではなく、『ハイアワサの歌』の風景だった。超自然的存在がはびこり、冒険が繰り広げられる、その景観に惹かれていたのである。モーランは、インディアンそのものにアメリカの起源を感じたのではなく、インディアンが暮らした風景にそれを感じとったのだった。
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