本研究は、ディケンズを中心とするヴィクトリア朝小説と大衆演劇との深く有機的な結合関係を解明し、二つのジャンルが文化表現の媒体としていかに発展してきたかを、17~19世紀にわたる歴史・文化的文脈の中に位置づけることを目的としたものである。研究代表者が科学研究費補助金の交付を受けて行ってきたイギリス演劇作品研究と「演劇的小説家」ディケンズの研究とを最終的に融合させることを目指している。 本年度は研究の最終年度であるため、資料収集は限定的として、研究成果の具体的なまとめと発表に注力した。成果の中心は四六判で300ページ超を予定している著書(単著)である。これは大衆演劇から小説という新たなジャンルが生成したことを歴史的に跡づけるものである。すでに最終稿まで完成しており、今年中に出版を予定している。なお、この著書においては、時間的制約と原稿枚数の制限のため、ヴィクトリア朝小説を詳細に論じるに至らなかった。早急に新たな著書または論文として公表する予定である。研究成果は日本ギャスケル協会と日本ワイルド協会大会で行った招待講演で公表した。いずれも大衆演劇とヴィクトリア朝小説との関係が17世紀初頭以来の長大な歴史の流れの中にあることを証明したものである。日本ギャスケル協会の招待講演では、「グリゼルダ」の表象の歴史的展望からヴィクトリア朝小説にその系譜が存在することを明らかにした。日本ギャスケル協会での招待講演では、「ウィット」と「反理性」の矛盾相克が、ジェイムズ朝演劇からワイルドの『サロメ』に至るまで連綿と繰り返されていることを立証した。さらに、日本英文学会第83回全国大会における特別シンポジウムでは小説家平野啓一郎氏と小説の本質について論じたが、そこでも研究成果の一部としてダニエル・デフォーの小説における語りの問題に関する考察を公表した。
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