平成21年度は、『イラストレーテッド・ロンドン・ニューズ』の復刻本シリーズを部分的に購入してサヴォイ・オペラ上演当時の社会背景について知ると共に、イングリッシュネス・ブリティッシュネス関連の図書の入手も進めたが、その読解と分析には思ったよりも時間がかかった。その原因は、イングリッシュネスに関する議論がここ数年のうちに飛躍的に増大し、基本的な概念一つとっても論者間でズレが生じており、議論が噛み合わないことが多いことが判明したためである。人工的なアイデンティティ概念は、時代や使われるコンテクストによって、いかようにもその様態や意味するところの領域が変化するため、どの時代におけるイングリッシュネス・ブリティッシュネスなのか、ということに注意しなければならないことが分かった。これは、基本的な認識の相違を再確認することの大切さを今一度自覚するという点で貴重な経験であった。えてして見たいものしか見ないで研究を推し進めてしまうことが多いものだが、本研究は、そのような固定観念からは可能な限り自由でありたい。 研究業績としては、2008年に東北英文学会のシンポジウムに招待されて発表した内容の一部が日本英文学会発行の『英文学研究 支部統合号』第2号にプロシーディングズとしてまとめられたが、ここでの議論を踏まえた論文は、2010年5月刊行の『イギリス文化史』(昭和堂)に掲載される。また、ディケンズの公開朗読に見る身体性の復権というテーマを扱った論文が『<声>とテクストの射程』に掲載されたが、これは散文芸術に演劇性を持ち込むことで、ロゴス偏重の時代風潮に逆らおうとしたディケンズのパトスの有り様を論じたものであり、広義の演劇論であると同時にヴィクトリア朝文化論ともなっている。
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