研究概要 |
平成23年度は、22年度に引き続き、本研究の目的にそって、文献を収集、必要箇所をデジタル化するとともに、ハーンの「雪女」が、いかなる文化的思想的背景のもとに受容されたかを調査し、21、22年度の実績報告書に掲げた3点の論文と統合し、『〈転生〉する物語-小泉八雲と「怪談」の世界』、新曜社、266p、単著(2011)として刊行した。その3点の論文とは、1『傷ましい仲裁の物語-「破られた約束」「お貞の話」「和解」を読む』、平成21年7月、岩波書店『文学』7・8月号 第10巻・第4号(p.22-31)、2 平川祐弘編『講座小泉八雲 II ハーンの文学世界』所収「転生する女たち-鴻斎・ハーン・漱石再論」(p.102-126)、2009(平成21)年11月、新曜社、3 「Transmigration of Souls and Stories: Confucianism,Orientalism,and Modernization in the Family Romances of the Meiji Japan」、神戸大学近代発行会「近代」、第104号、p1-19、単著(2011)である。 単著の主要部をなす、「雪女」論で明かにしたのは、以下の事実と日本におけるオリエンタリズムの特異な位置と働きである。すなわち、ハーンの「雪女」は、ファムファタール(宿命の女)や雪の女王といった西洋文学の表象に日本の伝承をまとわせ、そこに母性崇拝やマゾヒズムといったハーンの個人的な情念をそそぎ作り上げた、近代西洋向けのオリエンタリズム的作品であった。しかし、翻訳された「雪女」は、日本の「古典」的物語として読み継がれ、また昭和初期には、白馬岳の口碑として書き改められ、いくつかの民話・伝説集を経由して、戦後、大ベストセラーとなった松谷みよ子の『信濃の民話』に再話され、そこから数え切れないほど多種多様な「雪女」が日本各地で土着の伝説として語られるようになった。これは「雪女」の民話化というよりも、民話の「雪女」化というべき現象で、ここに逆輸入されたオリエンタリズムが日本の伝統的語りを変容させ、古典として受け入れらた興味深い事例がうかがえるのである。
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