研究課題
イングランドにおけるカトリシズムの文学的表象は否定的な意味しか持ち得なかった。本研究の対象とするヴィクトリア時代のカトリック復興に寄与した主要人物、ジョン・ヘンリ・ニューマンですら、ダブリンのカトリック大学設立に当たり、英文学は常にプロテスタント文学であり続けると述べたのである。イングランドのアイデンティティの根幹、国是としてプロテスタンティズムを選択した国家は、カトリシズムを異なものとして排除することによって国民を形成した。前面のフランス、後背の植民地アイルランドが、カトリシズムに依拠していたことが大きな意味を持つ。しかし、オックスフォード運動により、カトリック信仰は表舞台に登場する。18世紀の理性的信仰で「神は暇(Deus otiosus)」となり、国教会の伝統教会よりの派閥であった高教会もHigh & Dryと称せられ、低教会的な信仰復興運動のメソディスト教会を除き、信仰は停滞していた。こうした知的雰囲気に大きな変化をもたらしたのが教義への関心から歴史的に国教会を位置づけようとするオックスフォード運動の推進者たちであった。過去、宗教改革以前の時代をどう評価するかが、ヴィクトリア時代人にとって大問題となった。カトリックの再評価の機運は中世の積極評価と結びつく。背景として、産業革命を批判の対象として誕生したロマン主義と、反近代主義の立場を鮮明にすることで教会と教皇権を伸張させたピウス9世によるヴァティカンの政策がある。イングランドの規範文化を批判し、対立軸を形成するイングランドのカトリック復興は、知的に大陸のカトリシズムとの接続を計り、ゲルマン至上主義的価値観を排除した。さらに、アイルランドの貧困者の宗教というイメージを脱するために、ケルトの伝統社会構造を推奨した。イングランドにおけるカトリシズム受容に決定的役割を果たしたのはニューマンだったが、J.キーブルの『基督教暦年』、C.ヤングの小説も重要である。
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