筆者の研究は、アメリカを代表する作家の一人ウィリアム・フォークナーの小説とアメリカの社会・文化との関係についての研究に貢献することを目的としている。具体的に言えば、フォークナーの作品の特徴である、ストーリーの時間と空間を解体する技法は、従来、作品のテーマ等とは別個に論じられてきたが、筆者は、次のような画期的な論を提示した。フォークナーの代表作は皆、南北戦争での敗北によってアメリカ南部で劇的に生じた<人種・階級・ジェンダーの境界の消失>、すなわち<支配階級の白人男性層という旧南部社会の基盤の解体>が主要なテーマであり、そのテーマと連動する形で、技法において、ストーリーの基盤-ストーリーの時間と空間-が劇的に解体されている。その研究の当該年度の実績の具体的内容は下記の通りである。 まず、筆者は、中・四国アメリカ文学会の大会のシンポジウムで司会兼発表者を務め、フォークナーの代表作の一つ『響きと怒り』を扱い、「『響きと怒り』の技法とテーマ-人種・階級・ジェンダーの境界消失」というタイトルで発表した。その発表論文は、亀井俊介東京大学名誉教授と平石貴樹東京大学教授が編集した研究書『アメリカ文学研究のニュー・フロンティア-資料・批評・歴史』に掲載された。 また、フォークナーの技法とテーマをアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの作品との関係で論じた拙論を、日本ウィリアム・フォークナー協会の学会誌『フォークナー』に発表し、さらに、同論文を英訳して同協会のホームページに掲載した。そして、日本映画学会会長の加藤幹郎京都大学教授に依頼され、同学会の全国大会で、同論文に基づいて「アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥとウィリアム・フォークナー-ストーリーの時空の解体」というタイトルの講演をした。 以上のように、筆者は、交付申請書の研究実施計画を達成しただけでなく、さらに実り多い研究成果を得た。
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