昨年度の研究成果として、ニューオリンズからアンティル諸島にかけての北中米カリブにおいて、時間的定点と空間的定点における「亡霊的」な反復性の表象が頻出する点を発見したが、本年度はそれをラフカディオ・ハーンという作家の残した文書を中心に再考すると同時に、さらにアイルランドのW. B. イェイツの作品にみられる「亡霊的」な反復に関する考察を加えることで、より広い環大西洋地域に共通した修辞的特徴を発見し、「環大西洋の亡霊たち」(松本昇ほか(編)『亡霊のアメリカ文学 - 豊穣なる空間』所収)という論文のかたちに結実させた。 当該論文で証明したのは、「亡霊」という言語的修辞が、主体の身体に影のように取り付く存在を指し示し、実体としてひとつである身体に複数としての主体性が与えられる環大西洋文化の特質が、複数的主体の要請に基づくという点であった。このようにアイルランドから北米そしてカリブに連なる広域における修辞的共通性とその意味を発見できた点で、本研究は意義のある成果を残せた。 本研究の成果としてさらに意義があるのは、上記のような言語的修辞と身体にまつわる問題が、現代音楽においてみられるひとつの傾向との間に持つ接点に漸近したことである。濱瀬元彦が指摘している「下方倍音領域」は、「ブルーノート」といった現代のブラックミュージックに特有な「ずれ」や「揺らぎ」を特徴づけるものであるが、それは、上記の「亡霊的なもの」同様に、実在しない虚数体系を用いることによって説明可能なのである。このように、現代文化を特徴づけてきた環大西洋文化にみられる特徴が、言語文化、音楽といった表現媒体(メディア)を異にするものの間でも、共通した根を持つことが明らかになってきた点において、本研究は今後の環大西洋文化研究の進展においても重要な意味を持つ。
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