平成23年度は、昨年度の研究内容を発展させて引き続き考察を進め、以下に述べる視点から19世紀前半のイギリスにおける科学の制度化の文学への影響を総合的に検討した。1820年代から1850年代までに発表された王立協会および英国学術振興協会の科学者の著作、王立園芸協会の設立当初の19世紀前半の機関誌論文などにおいて、科学的価値観がどのよう位置づけられているか、文学・文芸への関心や影響関係はどのようなものか、等について考察した。明らかになったことは、イギリスにおける科学のプロフェッショナリズムが19世紀前半に加速度的に進んだことによって、文学と科学を質の違う知的営みとして捉える傾向が進んだことである。その結果文学的著作における科学的知識や科学思想への親和的態度が後退したと考えられる。また、当時の科学的潮流の中で、ニュートンのエーテル仮説に対して、物質を超越した何らかのものを仮託して生命原理における証明不可能性の根拠とする見解よりも、物質機構の機能を直接説明するものとする見方が科学的なアプローチとして認められていく点がある。これは18世紀の科学思想であるハートリー哲学についての理解を複雑にしていう要素であり、コールリッジにおける生命論の問題として論文にまとめた。また、19世紀を通じて、科学的知識は文学領域において思想ではなく修辞の一つとして理解される傾向が強くなったと考えられ、20世紀のロマン主義研究における科学の理解を非歴史的にする遠因ともなったと考えられる。植物学の分野では、王立園芸協会の活動から、イギリスにおける植物学が18世紀後半のリンネの受容期を経て、より有効な分類方法に基づく科学体系を目指したことが分かった。この点については、イギリス・ロマン派学会のシンポジウムにおいて部分的に発表した。
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