研究課題/領域番号 |
21520278
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研究機関 | 杏林大学 |
研究代表者 |
高木 眞佐子 杏林大学, 外国語学部, 准教授 (60348620)
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キーワード | 英米文学 / incunabula / 写本 / 活版印刷 / William Caxton |
研究概要 |
2011年には、2つの面で重要な成果があった。以下に2点に要点を分けて記述する。 (1)HM136とキャクストン版『イングランド年代記』の本文校訂をテキスト全体の20%について行なった。その結果を受けて、従来印刷用原稿にもっとも近いとされてきたBL Add 10099との本文校訂をさらに行なった。その結果、BL Add 10099はキャクストン版からの書写にすぎない証拠が散見され、逆にHM136はキャクストン版の印刷用原稿ではないとみられる証拠はほぼ皆無であった。ゆえに、これまでのLister Mathesonが唱えてきた仮説=「BL Add 1OO99はキャクストン版の印刷用原稿からの書写」は完全に覆ったといえる。また、HM136写本が印刷用原稿である証拠は、写本の書きこみ、そして本文からも確定的になったといえる。これに関する論文はKyorin University Review24号に所収。 (2)キャクストンが印刷したLe Morte Darthur(1485)のBook v書き換え問題と、『イングランド年代記』(1480)に重要な接点があることが明らかになった。今回研究者は『イングランド年代記』で史実の「予言」による後付け=権威づけが行われてきた事実を具体的に示した。(政治的な意図を持った統治者は、世論誘導のために歴史書の中に予言を巧みに織り込み、特定の政治的事件が昔から予言された「天からの意思」であるかのように装ってきた事実。)それを受けてキャクストンが印刷したLe Morte Darthurにも同種の権威づけが行われてきた可能性を示唆。具体的にはチューダー朝台頭時に、ヘンリー・チューダーに対して行われたアーサー王の生まれ変わりという権威づけである。この観点からBook vのテキストを改めて検討しなおすことは、本文校訂とはまた違った重要な価値を持つ。(これに関する論文はPoetica77号に掲載予定。)
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
HM136がキャクストンの印刷用原稿ではないかという仮説が早い段階で提示されたため、それを特定する目的の計画は、当初の計画より遥かに早いペースで進展、上述したようにほぼ証明されたに等しい。ただし、Prose Brut写本全体の系統図がこれまで以上に明らかになったと言える段階にはないため、研究目的達成が、この分野全体の解明につながるという当初の予想は裏切られたといえる。今後は、印刷原稿との比較を他の種類の写本とも行い、本文校訂を中心とした細かい異同を抽出し、論文の形にすることが、もっとも後進のためにも役立つ資料となると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、印刷原稿との比較を他の種類の写本とも行い、本文校訂を中心とした細かい異同を抽出し、論文の形にすることが、もっとも後進のためにも役立つ資料となると考えている。筆者が既に行ったテキスト20%分の論証資料は、HM136が印刷用原稿であり、BL Add 10099が印刷本からの書写にすぎない事実に強い示唆を与えていると言えるが、全体を通じてどのようなことが言えるのかというまとめが必要である。また、これまで知られていた唯一のキャクストンが使用した印刷用原稿、Nova Rhetoricaを実際に調査し、HM136と比較した上で、キャクストンが使用した印刷用原稿の特徴をつまびらかにすることが、本研究の最期の到達点となろう。Prose Brut写本の全体像についてはまだ課題が残ったものの、ウィリアム・キャクストンが印刷家としてどのような作業を行なったかについては、新たな知見が確実に提示できるからである。
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