本研究はLeicester伯の出版ネットワークの解明を目的としているが、本年度は、エリザベス一世の巡幸記録、特に1574年に港湾都市ブリストルで行われたパジェントに関する調査を行った。このパジェントの模様を印刷出版を通して公開したThomas Churchyardのパンフレットは、1570年代後半以降突如増え始める巡幸録出版の先駆けとなったが、ChurchyardやGeorge Gascoigneら軍人文士を登用してパジェント制作を行ったレスター一派の出版戦略の一端として位置付けられる。ブリストルの祝祭の調査を通して、市当局、パジェント作者、女王とレスター伯それぞれの情報戦略を解明すると共に、1570年代後半における巡幸録出版ブームの背景には急進派プロテスタント貴族とその軍事政策に賛同する軍人文士の企図の連鎖があったことを明らかにした。研究成果の一部については、「レスター王国の出版戦略」と題した論文にまとめて、出版した。 この知見を踏まえた上で、本年度の研究ではさらに、レスター・サークルの中で70年代末以降軍人詩人に代わって台頭する人文主義詩人の作品の分析も行った。特に、1579年当時Leicester伯によって雇用されていた詩人Edmund Spenserが匿名で出版した牧歌詩集The Shepheardes Calenderは、地方巡幸の際に上演されたパジェントで流行した牧歌風の女王崇拝のレトリックを援用しつつつも、それを風刺詩という新しいジャンルに発展させ、1570年代末における宮廷政治の緊迫した情勢を巧みに照射している。本年度の研究では、パトロネージ文化における詩人の自己成型という観点から、Spenserが同時代の詩人達に与えた影響を考察し、その成果の一部をシンポジウム「詩の<かたち>のありか:ことばを縛るもの、生み出すもの」において発表した。
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