本研究の最終年度に当たり、当初の目的であるルネサンス期の英国社会で実践されていた宴会という料理の諸形態と当時の文化や社会との関係への考察をエンブレムと植民地主義の側面から深めた。 まず、英国ルネサンス期の宴会においてエンブレムがどのように用いられているかに注目し、主にバンケット(デザート)用木皿に描かれたエンブレムやエンブレム的図絵と、それに付随する警句詩の分析を通して、エンブレムの(食文化や装飾文化を含む)物質文化的背景を考察した。6月にその研究の成果をエンブレム研究の拠点グラスゴー大学開催の国際エンブレム学会世界大会で「Banqueting Trenchers and the Emblematic Tradition in English Renaissance Culture and Society」として発表した。また、他の木皿の例も取り上げ、エンブレムやエンブレム的意匠が当時の王侯貴族の生活文化で果たしていた役割の一端を明らかにした。同発表原稿はその後国際エンブレム協会の学会誌『エンブレマティカ』に投稿され採用が決まり、現在校正中である。次に、エリザベス朝のカントリーハウス文化を特徴づけている家政術やバンケット(=デザートコース)、仮面劇といった文化的要素を詳細に分析することにより、当時広く流布しつつあった新世界をめぐる植民地主義的言説が、シェイクスピア後期のロマンス劇である『テンペスト』という作品のバンケット表象にどのような影響を与えているかを考察した。そして、その成果を3月に、演劇映像の国際的教育研究拠点である早稲田大学演劇博物館グローバルCOEプログラムの紀要に、「植民地支配の家政術:英国カントリーハウス文化と『テンペスト』におけるプロスペローの魔法のバンケット」として掲載した。貴族的な古い価値観から新しい階級労働者的価値観への変化が、『テンペスト』とその宴会表象にどのように反映しているかについて論じ、また仮面劇やバンケット表象と私的空間への志向性やその創造、それにジェンダーに関わる社会的な問題の関係について検討を加えた。 発表や調査を通じて国内外の研究者と連携し、また英国や日本の図書館で資料調査を行うことにより、ルネサンス期英国の宴会と当時の社会文化との関係を明らかにすることができた。
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