本研究全体の目的は、1)欧米の『イリアス』理解には、ギリシア勢とトロイア勢をヨーロッパとアジアという対比を持ちこんで読んでしまうという抜きがたい傾向があることを指摘し、2)こういう偏向を排除すれば、どのような基本的な構造を同叙事詩は見せているかを、現在ホメロス研究が得ている地点を踏まえて再検討することにある。補助を受けた研究が始まる前に、通常の研究の段階で、ある程度の蓄積はすでにあるので、本研究の実際の主眼は、むしろ、これまでの研究への補充をしつつ、上のような基本的な視点に立つ『イリアス研究-国境を知らないアキレウス』(仮題)を出版の形に持ち込むことにあると言える。平成21年度は、そのような状況で、該当研究の一部をなす2本の論文を発表し(1本は査読付き)、ひとつの国際研究会での発表をおこなった。これらにより、基本的には1)に示されたヨーロッパ的読解のよって来るところを明らかにし得た、と信じる。また、その偏見を排除すれば見えてくるべき『イリアス』像もほぼ明らかにし得た。当該年度に発表した論文にも示したが、アキレウスとアカイア勢のいわゆる「和解」について、本研究者の側からする把握を示せば、つまり、『イリアス』第19巻についての短い論考を発表に持ち込めれば、現在の世界的な研究状況の中で、本研究がひとつの著作として結実してよい、との確信も得られたので、研究を該当期間内に終了する目算も立てることができたと言える。
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