(1)『百科全書』ディドロ執筆項目に関する従来の研究の問題点を見直し、書誌学的な再検討を加えることにより、本文の位相を新たに多角的に解析した。ここでは特に、 (1)各項目がいつ、どのような方法で書かれたか、その本文生成に関わる研究、 (2)<辞書>としての『百科全書』の特異なテクスト構造に直結したさまざまな特性--特に本文がいかなる分類体系のなかに位置づけられているかを解明する、分類体系研究、 (3)同じく、本文中に他の項目への参照指示がどのように、いかなる頻度でなされているかを系統的に分析する参照研究、 の三つの観点に即して検討し、その特徴をデータ化して導出し、特に次の点を取り上げた。 (2)著者確定方法に関する新たな仮説の構築と検証。 『百科全書』では一般に項目冒頭や末尾にその著者を示す符号がつけられているが、完全ではなく、欠落や誤記もある。従来ディドロ執筆項目として知られる項目以外に、数多くの項目にディドロが関与している可能性があるが、未解明の部分が多い。上述(1)および次の(3)の成果により、ディドロの執筆項目として抽出されたものとほぼ同型の本文構造(生成、分類、参照、典拠)を具えた無署名項目を特定、ディドロの執筆項目と同定した。 (3)同時代の医学・生理学文献など、典拠としてディドロに利用されている周辺分野の材源の収集と探索、およびその解析。 (1)ジェームズ『医学万有事典』、(2)パリ王立科学アカデミー「報告」および「摘要」、これに加え、『百科全書』が先行モデルとした(3)チェンバース『サイクロピーディア』を中心に解析を進めディドロにおける「生命学」の複雑な概念的広がりと多層性を明らかにし、『百科全書』期のディドロの思想的発展に関する新提言を行なった。
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