本研究は、保守革命思想の根底に潜む教養理念を析出し、これまでナチズムやフェルキッシュ運動との関連でしか考察されてこなかった保守革命の思想をフンボルトに淵源するドイツ教養理念の精神史の中で捉え直すことを目的とする。本年度は、ナチスのイデオローグたちの教養をめぐる言説を検討し、保守革命思想の教養理念の同時代における独自性を明らかにする予定であったが、3.11以後の状況に身を置きつつこの問題を考えていくうちに、思考はフクシマをめぐる日本の対応とドイツの対応との比較考察へと向かった。日本の政府とマスメディアが原発と放射能の安全宣伝に終始したのに対し、ドイツのマスメディアは事故直後からその危険性を大きく報道し、政府もまた直ちに「倫理委員会」を立ち上げて哲学者や社会学者を含む識者たちに原発存続の可否を諮った。その答申を受けてドイツは2022年までにすべての原発を廃止する決定を下したのであるが、そこに見られたのは技術的安全性とは異なる倫理的・文明論的次元で原発の存続を考えようとする姿勢であり、その背後にはカントやフンボルトに遡るドイツ教養理念の精神史的系譜の遺産が横たわっているのを見ることができる。学生および院生との討議を通して明らかになったのは、以下の三点に要約できるドイツ教養理念との関わりである。1)啓蒙の精神-カントに遡る、自分の頭(悟性)で考えることを重要視する精神。2)理想主義の精神-フンボルトに遡る、人間形成を最重要視する精神。3)ファウスト的精神-ゲーテに遡る、無限への意志を重んじる精神。以上の精神はいずれも、「専門家」の言説を無批判に受け入れ、経済的利益を優先し、徹底的に考えることを忌避して真実を糊塗しようとした日本の状況と鋭い対立をなすが、こうした精神は、わけてもファウスト的精神を称揚したシュペングラーを介して、同時代の保守革命思想と深く関わっている。
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