2011年度は、フリッシュ、デュレンマット、ら20世紀スイスを代表する作家、およびシュミット、シュタイガー、フォン・マットといった批評家の主要な発言を、そのメディアとの関係において位置づけた。まず、台北で開催された国際学会において、ブリッシュにおける海表象について報告すると共に、それをまとめた論文を公表した。これは第二次世界大戦後期における戦争当事国に囲続されながら(少なくとも表層においては)奇妙な平穏の中に置かれたスイスの市民たちの覚えていた閉塞感とそれを想像のレベルにおいて突破するための中心的表象としての「海」に解明の光を当てたものである。ここに批判的知識人としてのフリッシュの出発点を確認した。また、ブリッシュの『日記1946-1949』に収録された掌編「ストーリー」におけるキーフレーズである「汝、偶像をつくるなかれ」を、情動概念を手がかりにして、偶像形成と偶像破壊の精神史の中に位置付けた。これによって、「偶像」をぬぐる虚構表現と学術的探究の関係の中に、プリッシュの偶像破壊の試みを定位することができた。 2011年から2012年にかけてはデュレンマットの戯曲選集の翻訳を分担し、『盲人』の全訳を行った。これは信仰/信じる心をめぐるデュレンマットの基本的問いが集約された戯曲であり、この邦訳によって初期のデュレンマットがキリスト教、さらにはナチズムをどのように捉えようとしていたのかについて、日本で議論するための1つの土台ができた。
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