1. ディドロ『生理学要綱』が典拠としてもっとも利用したと思われるラテン語の大部の著作、ハラー『生理学原論』を読み進めること、2. サンクトペテルブルグにある『生理学要綱』の写本を調べること、以上二点について主として研究を進めた。 1については、18世紀に書かれたラテン語の生理学書ということもあって、読解に苦労したが、次第に専門用語にも慣れ、ある程度の速度で読めるようになってきた。それを通じて、この著作自身が当時の最先端の生理学の成果を盛り込んで、間テクスト的に成立していること、とりわけ各国のアカデミーなどで出版された研究報告を丹念に読み込み、それらを典拠として示しながら、ハラーなりに整理・要約して体系化していることがわかった。ディドロは『生理学原論』を典拠として利用しただけでなく、当時の最先端の研究報告や研究書を知るための情報源としても利用したこと、その意味で、ディドロによる生理学の間テクスト的読解法にも、ハラーが大きな影響を与えたと思われる点が見えてきた。 2については、ほぼ二週間にわたる調査で、サンクトペテルブルグ写本とその校訂版である19世紀に出たディドロ全集の版との相違点(写本の起こし間違い、校訂者による読点などの多数の付加など)を確認するとともに、パリ写本(したがって、それを元にした現行のディドロ全集の版とクィンティーリの校訂版)との構成上の相違点も確認できた。とりわけ後者については、最近の校訂版が依拠するアカデミックな論文風のパリ写本に対する、モラリスト的筆致のサンクトペテルブルグ写本の独自性や優越性を確認できた。それゆえ、サンクトペテルブルグ写本に読点が少ないのは、そうしたモラリスト的文体からの要請と想定されることも見えてきた。 この成果を活かし、今後はサンクトペテルブルグ写本に主として依拠し、ハラーなど他の著作との間テクスト的関係に迫ってゆきたい。
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