本研究は、ヨーロッパ思想史で近年注目を集めているハビトゥス(習慣)概念の解明を目的とする。ハビトゥスはアリストテレスが「徳の完成」と定義して以来、理性と肉体と並ぶ西欧思想のもう一つの支柱としてたびたび主題化されてきた。しかし個別の思想家における習慣論の研究は存在するが、それらが歴史的ハビトゥスとして人間の社会的行動や倫理的判断を規定しているという観点での研究はいまだ少ない。本研究ではそれゆえ、アリストテレスから、中世キリスト教思想家を経て、現代のベルクソン、ドゥルーズ、ブルデュー、エリアスにいたるハビトゥス論の発展史を体系的に記述し、それらが時代の要請に応えた一種の社会思想であることを明らかにしたい。初年度は、ヨーロッパ古代から近代にいたるハビトゥス論の歴史的生成過程を詳述した。まず、ハビトゥス論の先駆であり、その後のハビトゥス概念の基準となったアリストテレスのエトスとヘクシスの理論的基盤を整理し、彼に続くフィロンやストア派が、その後の習慣論の受容を方向づけたことを論証した。さらに、アウグスティヌスの『告白』に始まるキリスト教文学の伝統において習慣が占める位置を確認し、中世後期の神学者であるアベラール、トマス・アクィナス、オッカムらによるハビトゥス概念の確立の過程に加え、ここではドイツ神秘思想や人文主義へと続く教会改革運動との関連を調査した。また、宗教思想のみならず、ハルトマンやゴットフリートらが書いた中世世俗文学にこうした習慣の概念がどのように現れているかについても調査した。これらの成果の一部は、『マイスター・エックハルト-生涯と著作』(近刊)において公刊するほか、国際ドイツ語・ドイツ文学会(IVG2010ワルシャワ大会)でも発表する予定である。
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