2010年度は、主として以下のような成果を発表すると同時に、研究最終年度に向けて課題を整理した。 (1)2010年5月に行われた日本独文学会でのシンポジウムをもとに、ドイツ語による叢書を刊行した。担当箇所において、フロイトにおける幼児期記憶と自伝の関係を考察した。 (2)ワルシャワで開催されたドイツ語学文学国際学会において、フロイト、C.G.ユング、アンドレアス:ザロメの自伝的テクストを比較しながら、自伝とフィクションとの関係について発表した。三者の自伝書法には、それぞれの心理学理論・精神分析理論における心的世界と現実との関係が反映していた。記憶の虚構性を暴く立場から(フロイト)、記憶の実在性を優位とする立場(ユング、アンドレアス=ザロメ)までを明らかにしようと試みた。 (3)アンドレアス=ザロメのいわゆる「フロイト日記」を検討することで、両者の人間的な関係にも光をあてた。「動物」をめぐる両者の対話が、ナルシシズム論に関する互いの議論に関係していることも興味深い発見である。 今後、フロイトとアンドレアス=ザロメ両者の比較を進めてゆくに当たり、さしあたり両者の理論上の対立点を幼児期記憶論に見ることができたのであるが、さらに、女性、宗教(神の存在)、ナルシシズム、無意識という諸概念を巡って、両者が相互にどのように影響しあい、「生」を記述する方法にそれら理論的議論がどう関わってきたかを、より深く検討する必要がある。
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