研究課題
(1)2010年の国際学会での発表をもとに執筆した論文「Primat der Erinnerungen-Marginalisierung des Autors」では、セルジュ・ドゥブロフスキーが1970年代に提唱した「オート・フィクション(Autofiction:autobiographyとfictionからなる造語)」という概念の検証を出発点として、「想起する主体」と「思い出」との関係を、精神分析第一世代の自伝的書き物を事例として歴史的に考察した。ドゥブロフスキーによれば、フロイトのいう「隠蔽記憶(遮蔽想起)」が示すように、主体は自分の真の思い出(人生)を描くことができず、したがってその自伝は虚構との境目を失うのであるが、フロイトは自らの伝統的自伝概念にそのような観点を持ち込むことはせず、.文学的自伝ジャンルと無意識の研究とを区別していた。他方、ユング、アンドレアス=ザロメの自伝においては、それぞれ異なる程度ではあるが、想起をきっかけに個人的生よりも全体的生への通路が開かれることに重点が置かれ、著者の生を越えた想起そのものの実在性が強調されることになる。(2)1912年以降、フロイトとアンドレアス=ザロメに間に交わされた精神分析に関する議論のうち、ナルシシズムは重要な論点の一つだった。フロイトはナルシシズムを倒錯においてのみならず、人間の正常な発達段階(リビドー段階)に位置づけた。アンドレアス=ザロメは、フロイトがあまり掘り下げなかった幼児期ナルシシズムの問題を、論文「二重方向としてのナルシシズム」(1921年)や、小説『神なき時間』(1922年)に結実させている。1930年代に執筆された自伝『人生回顧』を含めると、幼児期の「鏡像体験」の記憶が、理論的エッセイ、小説(フィクション)、自伝という異なる書き物のジャンルを横断して扱われていることが分かる。アンドレアス=ザロメが自分のナルシシズム論を、特に想起と文学との密接な関係において展開していることに着目し、「水鏡に映るナルシス―ルー・アンドレアス=ザロメの『二重方向としてのナルシシズム』における自伝と記憶」を執筆している(2012年内に発表予定)。
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Akten des XII.Internationalen Germanistenkongresses Warschau 2010.《Vielheit und Einheit der Germanistik weltweit》 Bd.8 (Sektion 60 : Autofiktion. Neue Verfahren literarischer Selbstdarstellung)
巻: XII-8(初校済)(印刷中)(発行年は予定) ページ: 199-203