本研究は、フロイト(1856-1939)と、彼の友人で共同研究者でもあった作家ルー・アンドレアス=ザロメ(1861-1937)との比較を通じて、精神分析と、文学ジャンルである自伝/伝記との相補的かつ対抗的関係を、フロイトの記憶論とも関連づけながら明らかにし、精神分析が「生の語り方」を変容させる可能性について検討した。フロイトは、伝統的文学観に基づく自伝のあり方(際立った個性を持つ人物の発展的人生物語)に、懐疑的態度を示し、自らの自伝を書くことよりも、自伝に含まれる幼児期記憶の心理学的研究が重要であることを示唆した。これに対し、アンドレアス=ザロメは精神分析における理論的エッセイ、小説、自伝という多様なジャンルを用いて、自らの幼児期記憶に重層的な表現を与え、個人の記憶を普遍的な共有物へと変貌させている。
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