平成24年度は、前年度におけるフランスの移民文学についての現地での調査をもとに、研究成果を論文「フランスのアラブ系二世文学に見るアイデンティティの「隔たり」と克服―アズズ・ベガッグの自伝的小説にそいながら」(『阪南論集』47巻2号、2012年3月)として発表した。またその内容を発展させ同年6月に「フランスのアラブ系二世文学とその受容ーAzouz Begagの事例を中心に」として、日本フランス語教育学会2012年度春季大会にて報告した。具体的な内容としては、ケベックにおける言語を基軸とする多様な出自の移民の動向とは異なり、フランスの移民の大多数を占めるアラブ系移民の存在は、フランスの移民問題として社会に様々な影響を与えている。Beurと呼ばれるアラブ系二世の文学は、そうした社会的問題とアイデンティティの不安定感を反映し存在感を放っている。ケベックにおける移民文学の受容と比較すると、フランス文学における伝統的な規範と価値観に照らし、アラブ系二世文学の受容は長らく困難な状況におかれていたが、近年徐々に注目を浴びつつあることが明らかになった。 一方画期的なこととして2012年に、ケベックの「移動文学」の概念に則った『フランス移動文学作家事典1981-2011』が出版された。これはフランスにおいて初めて移民作家のみを網羅的に取り上げた事典であり、世界的にトランスミグランスが浸透しケベックの「移動文学」概念が欧州にも波及していることが明らかになった。従って平成24年度補助金を一部繰り越し、25年度において現地でこの事典の編纂に携わったCh.Bonn教授らにインタビューを行うなど最新の動向について調査を行った。その成果は2013年10月の日本ケベック学会でワークショップを企画して報告し、論文「ケベックにおける『移動文学』の浸透と波及―『フランス移動文学作家事典1981-2011』をめぐって」(『阪南論集』49巻2号)において詳しく検証した。
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