本研究では、帝国主義/植民地主義の結果、環太平洋地域において離散したディアスポラの表現を中心に被植民地側の創作活動を考察してきたが、平成24年度は研究計画にしたがって沖縄におけるディアスポラの表現に注力した。取り組んだのは戦後沖縄文学であり、具体的に焦点を当てたのは第十回新沖縄文学賞を受賞した短編小説吉田スエ子の「嘉間良心中」(1984)である。これまで戦後沖縄の文学の一佳作以上の評価ではなかった本作品を、戦後沖縄におけるポストコロニアル文学と位置づけるべく、次の2点から調査研究を行った。1反植民地主義的ナラティヴを創出していることの解析、2沖縄特有のディアスポラ性が基礎となっていることを位置づけるための歴史社会学的な分析、である。 1では、「西洋」で語られてきた異国情緒的国際恋愛譚の嚆矢にして範型となっている、イングランド人入植者と先住アメリカ人女性との出会いを描いたポカホンタスの物語の成立過程を先行研究を踏まえつつ検証し、そこから植民地主義のナラティヴの構造を解析して、「嘉間良心中」が植民地からのカウンターナラティヴとして、植民地主義的ファンタスムをアイロニカルに反転させて脱構築する普遍性を持つことを明らかにした。 2では、「嘉間良心中」が、単に植民地主義に対するカウンターナラティヴとしてあるだけでなく、第二次世界大戦後の米軍による沖縄占領と開発が、ほかの諸島への経済的な圧迫を与えたことで周辺の島々の住民たちをディアスポラ化したがゆえに創りだされたナラティヴであることを明らかにした。 この2つの観点から「嘉間良心中」を読みなおすことを通じて、戦後沖縄文学をポストコロニアル性とディアスポラ性から問い直すフレームワークを構築した
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