本年度は、六朝・唐代の変身譚を中心に考察を進めた。昨年度以来の作業の進捗状況を勘案し、特に人から驢馬や馬への変身に焦点を絞り、かねてから執筆を継続している唐代小説「板橋三娘子」に関する論考の補訂に当てた。中国における変驢変馬譚は、仏教の応報思想に基づく転生の話が圧倒的多数を占め、「板橋三娘子」に見られるような妖術による変身の話は稀である。こうした傾向は唐代以降も同じで、翻案作品は極めて少ない。しかしそうした中で、清代の長編白話小説『〓都別記』第二一二~二一三回に見える挿入話、鬼谷の宿の主人白虎の一段が「三娘子」の明らかな翻案であることを発見したのは、新たな収穫であった。こうした新資料を織り込み、これまでの一連の論考を「唐代小説『板橋三娘子』考-東西変驢変馬譚の伝播と変遷-」として纏めて名古屋大学に提出、学位を授与された。また、この「板橋三娘子」の原文については、これまで詳細な校勘記が作成されていなかった。そこで管見の十数種のテキストをもとにした校勘を行い、訳注とあわせて「『板橋三娘子』校注稿」として『横浜国立大学教育人間科学部紀要II(人文科学)』第13輯に発表した。これによって、明代の『艶異編』(蓬左文庫所蔵本)『広艶異編』『太平広記砂』『古今譚概』以降、清代の『唐人説薈』『唐代叢書』『龍威秘書』に至るまで、男性主人公の人物像が読者に与える悪印象を考慮して、原文の一部を削除する改変がなされていることが明らかになった。 この他、中国変身譚歴史的概観については、化虎譚を中心に関連資料の収集を行い、次年度に備えた。
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