本年度は研究期間の最終年度に当たるため、昨年度以降の方針に沿い、人化異類変身譚中の変驢・変馬譚に焦点を絞るかたちで、成果の総まとめを目指した。具体的には、学位論文「唐代小説『板橋三娘子』考-東西変驢変馬の伝播と変遷-」の特に第三章「中国の変身譚のなかで」に、これまでの調査検討の結果を織り込み、中国人化異類変身譚の総論とすべく腐心した。同章の第一節「中国の変身譚と変身変化観」では、中国の変身譚を「人への変身」および「動物への変身」の両面にわたって総合的に考察した。その結果、中国においては変身や変化は当然起こりうる自然現象と考えられていること、そうした変身変化観を支える理論的根拠は、先秦以来一貫して、万物が一気から成るという「気一元」の思想であったこと、また人化異類の変身譚は先秦神話からすでに、懲罰・怨念などによる死後の変身といった受動的な性格が強いこと、仏教伝来以降、人化異類変身譚はその因果応報・輪廻転生思想の決定的かつ圧倒的な影響を受けたこと、仙術・道術に見られる変身術は、修行の末に得られる自在な変身あるいは呪文・護符による変身が殆どで、特殊な食物や塗布薬を用いる例は極めて稀であること、等を指摘した。次に、中国人化異類変身譚中の特徴的な話群といえる「化虎譚」については、一項を設けてやや詳しく論じた。化虎譚もまた多く懲罰・因果応報による受動的な変身であり、術による変身は、明清筆記類に記された南方少数異民族の邪術が中心となる。この点、キリスト教によって否定されながら民間に生き続けたヨーロッパの「人狼」伝説とは大きな相違があり、両者の比較検討にも紙数を割いた。なお「板橋三娘子」考は、本年二月に単行書として知泉書館より刊行された。この他、『太平広記』巻四六〇「李相公」の話がインドの転生譚に起源を持つことを論証できた(論文「睫毛と鏡」として発表)のは、特記すべき収穫であった。
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