第二次大戦中に日本で制作上映されたアニメーション『くもとちゅうりっぷ』は、戦時色が薄い、戦争協力・戦意高揚を目的としない芸術漫画として今日極めて評価が高い。本作品の戦時色については先行研究においてすでに議論・指摘されているが、それに加え、本研究では当時の「漫画映画論」や「近代の超克」論をふまえ、そうした戦争協力・戦意高揚とかかわる言説と本作品とが共有する部分から、本作品がもつ戦争や南洋植民地の支配との影響関係を示した。さらに、本作品では日本の神話や英米の大衆文化等を駆使して、現実には解決不可能な日本とアメリカ及び南洋植民地との関係にみられる矛盾や不安を、象徴的に解決する工夫が凝らされていることを明らかにした。そして、本作品がアメリカ(西洋)と南洋との間で揺らぐ日本が抱える矛盾をも含んでいることを示し、作品のもつ今日的意義をポストコロニアル(植民地主義の影響下にあったり、その性質を帯びたりしつつも、抵抗の要素を含んでいる)という視点から提示することで、昨今の高評価の根拠の誤りを指摘し、当時から現在まで続く太平洋世界の文化表象の問題について検討した。 18世紀後半イギリスで客死したパラオの「王子」リー・ブーは、当時ヨーロッパで「高貴な未開人」として広く知られた。20世紀末の同時期にパラオの女性運動家・詩人シタ・モレイと小説家・池澤夏樹が作品でリー・ブーを描いたが、両作品はポストコロニアルという思想的ネットワークを共有し、アメリカ・日本という大国に対する太平洋の小国による文化的抵抗を表しつつも、両作品が描くリー・ブーの性格はそれぞれのコンテクストに対応して全く異なっている。現代の太平洋世界におけるポストコロニアル的表象の在り方について、テクストにおける西洋流の伝統的表象への異なる対応を比較分析しながら、検討した。
|