本研究は、日本語における主語・目的語省略現象を比較統語論的に分析し、それに基づき複数の言語に見られる空主語・空目的語の類似点・相違点を精査し、その背後にある普遍文法の原理・パラメーターの解明を主たる目的としている。平成23年度においては、前年度までの研究成果を踏まえ、主語・目的語省略についての日本語とマラヤラム語の比較に関する研究を論文にまとめること、及び考察の対象をバスク語やアメリカ手話などに拡大することを計画した。 平成23年度の研究実績として、まず主語・目的語省略についての日本語とマラヤラム語の比較に関する研究を論文の形でまとめた(Argument Ellipsis in Japanese and Malayalamというタイトルの論文で、現在第二稿改訂中。学術雑誌に投稿の予定)。そこでは、当該省略現象の通言語的分布は一致現象の有無により説明できること、及びマラヤラム語には日本語にはない主動詞残留型動詞句省略が可能であることを論じた。 研究実績の第2点目としては、アメリカ手話の空主語・空目的語構文を文献により調査し、その空主語・空目的語は省略により派生されるものではないことを示唆するデーターを入手した。目下、これらのデーターが一致現象の有無という観点からどのように捉えられるかについて考察を深めている。なお、当初平成23年3月に予定していたものの震災の影響により平成23年度に延期をしていたバスク語の現地調査を平成24年3月に実施し、バスク語では空主語・空目的語が省略により生じることができないことを示唆するデーターを得た。このデーターの詳細な検討が今後の課題である。 上記の研究成果の意義は、表面的には似ている言語でも、それらの空主語・空目的語は異なる特性を持っていることが一層明らかになり、そこには新たな変異の形(例えば、マラヤラム語)があることがわかったことである。この相違を一致現象を含め他のどのような特性と関係づけて分析するか引き続き研究を進める。
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