本研究の目的は否定/文末詞の用法のジャナイ(下降調)が、頭高型、起伏型、平板語アクセントを持つ語に接続するときに、それぞれの方法と判定されるピッチパタンを、ピッチを分析再合成した音声を用いた試聴実験によって確定することである。前年度までに音声加工に向けて以下の準備をおこなった。親密度が高い語幹が2拍の形容動詞(ただだ、好きだ、得だ)を実験語として選び、訓練を受けた話者による実験語に否定/文末詞のついた文の収録を行った。東京方言話者による録音した音声の評価を行い、否定/文末詞の音声として評価が高かった音声を、試聴実験に用いる刺激として加工する元音声として選んだ。 今年度は、否定/文末詞の用法として評価の高かった音声のピッチパタンを試行的に加工して、否定/文末詞のジャナイのついた文のピッチパタンの特徴(否定:ジャナイの小山、文末詞:急激な下降)を確認したが、試聴実験をして検証するにはいたらなかった。 前年度までの音響分析で2拍形容動詞+否定/文末詞ジャナイの文のピッチパタンは、(1)前接語の語アクセント(2)否定/文末詞のピッチパタンの両者を保持しながら実現している。否定のピッチパタンは[前接語+ジャナイ]に分節できることで、「ジャナイ」のピッチの小山が特色である。文末詞のピッチパタンは強調のピッチパタンであり、前接部におけるピッチの立ち上がりの大きさとジャナイの直線的な下降が特色である。 付属語のアクセント体系という点からこの結果を見直すと、動詞+否定のナイは、前接する動詞が平板型か起伏型かによってピッチパタンが決まり、形容動詞+ナイとは韻律的な振る舞いが異なる。動詞の否定のナイは通常助動詞に分類され、形容動詞(および名詞、形容詞)の否定のナイは形容詞とされている。ここで明らかにされた否定文のピッチパタンの違いはこの品詞分類に対する韻律上のひとつの根拠となるだろう。
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