研究概要 |
言語的制御と語用論的制御という二分法に基づく従来の説明に対して、メタ表示の視点から手続き的意味を定義することで、動詞句照応の統一的説明を試みた。低次表示とメタ表示の間の類似性の視点は過小評価されてはならないであろう。照応解決(anaphora resolution)において、2つの想定の間の類似性は、それが最小限度の処理労力で最適な認知効果を生み出すという点で、関連性の見込みを満足するものである。しかし、一方でメタ表示的想定の呼び出し可能性とそれに要する労力は照応形のタイプや用いられ方により異なるというのも事実である。この問題に対して、呼び出し可能性と処理労力の違いは、低次表示とメタ表示の間の類似性の程度に起因するものであると考える。 深層照応と直示表現を同一視するかのような語用論的制御の考え方には早い段階から異論が唱えられてきた。両者の間で,聞き手の注意を対象に向けさせる働きは異なる。直示表現の指示対象がコミュニケーションの進行過程で活性化されるのに対して、深層照応の指示対象は認知的きわだちの度合いが高いという議論がなされる。Ehlich(1982:325-331)やCornish(1996:22)も一致して指摘するように、2つの言語表現は聞き手の注意の焦点(attention focus)を極めて異なる方法で操作しているように見える。直示表現は,聞き手の注意の焦点を談話において既存のものからコンテクストにより派生された特定のものへと変化させる働きがある。それに対して、照応表現は,注意の焦点を聞き手の頭の中にすでに確立されたまま保つように指図している。照応表現のこうした独自の働きは、低次表示としての発話や思考のメタ表示的想定に照応関係を結ぶという認知的理由によるものであろう。メタ表示という概念は照応表現と直示表現の理解のされ方を明確に区別することができる点で有効かもしれない。
|