ピッチによる境界表示をもつ類型とみられる南インド及び九州地域の談話資料および連文節資料の分析の最終年度に当たり、日本音声学会第327回研究例会シンポジウム「語声調の音声的実現における異音的変異としての声調変位」を企画した。シンポジウムにおいては、本州のピッチアクセントと対置される「語声調」を、音節連続のコントゥアによって韻律構造境界表示を行なうような体系として理論化し、ピッチアクセントと異なり、ピッチのピーク(卓立点あるいは変異点)の異音的な変位が観察されるもの、という視点から類型化を提案した。ここでいう語声調は、ピッチアクセントにおける「一型アクセント」に相当する、境界特徴のみをもち型の弁別をもたない体系をも包含する概念である。 シンポジウムにおいては、音節連続のコントゥアトーン体系とみられるシンブー諸語(パプアニューギニア)の語声調と対比し、九州西南部の語声調体系の声調単位に長さの上限をもたない点で、パプアニューギニアで報告されている「語声調」とは異なるとした。 しかし、最終年度に引き続き実施した、対馬方言のアクセント調査では、これらの方言が、独自に(九州西南部とは系統的に独立して)発達させた「語声調」では、複合語や文節の内部で、九州西南部のように境界を削除して声調単位を拡大するのではなくむしろ内部境界の表示に特化すると解釈される特徴が見いだされた。また、調査地域を拡大して実施した、沖縄本島北部名護方言のアクセント体系も、複合語や文節で声調単位を拡大しない語声調体系と解釈しうることがわかった。ピッチアクセント体系が平安朝期以降、本州を中心に発達したイノヴェーションであると仮定すれば、日本語の祖語段階において、シンブー諸語と同様の、音節数に上限のある音節連続のコントゥアによって定義された単語声調であった可能性も否定できない、という結論に至った。
|