本研究では、調音動作の韻律制御原理を解明するために、様々な音韻環境における調音動態の観測と統計的解析を行った。昨年度の研究から、英語/1/のフォルマント周波数には、音節末/1/と母音化/1/の間に有意差はみられないが、フォルマント振幅には有意差が観測され、母音化/1/のF2振幅がより高いデシベル値を示すことが判明した。そして、音響実現の観点からは、Lの母音化はフォルマント振幅の強化という目的を達成するための制御方略であるという仮説を導出した。本年度は、Lの母音化を含む「調音動作の弱化」について、単語頻度と音韻環境の観点から、舌尖調音の動態観測と統計的解析、そして先行・後続分節音、休止、音節構造、単語頻度を変数としたロジスティック回帰モデルによる解析を実施した。この課題は、音韻変化における調音動作の再編成原理の解明を目的とするので、観測事例を拡張するために計画した二重母音と硬口蓋音化の調査分析は本課題達成後に継続することとした。 調音動態の観測と統計的解析の結果、(1)単語の頻度効果は有意ではなく、後続子音の存在と/1/C連続(milkなど)という音連鎖自体がLの母音化出現率に有意な影響を与えること、(2)/1/C連続では舌尖調音が不安定になる強い傾向があること、(3)母音化の有無に関わらず、後続子音が非舌頂音(唇音と舌背音)の場合、舌尖の高さが相対的に低く維持されることが分かった。特に、舌尖位置の変動(調音動作の弱化)に対する単語頻度の高低は、6名のインフォーマントのうち1名においてのみ有意な結果が得られた。このような結果は、調音動作の組織化メカニズムとして音韻環境が機能する可能性を示している。これは多くの先行研究における成果を更に進展させるものであり、音韻変化の要因(単語頻度vs.音韻環境)と調音動作の弱化の要因(音節位置、調音結合)について理解を深めるための出発点となる。
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